武将、後醍醐天皇?
「北畠顕家、楠木正成、新田義貞を抱えていたのに敗北した後醍醐帝って無能すぎるだろ」
(blog.livedoor.jp/nwknews/archives/5519340.html)
この手の歴史スレで、久しぶりに笑みがこぼれる良いタイトル。
冷静に言うと、まず南北朝両者に動員兵力の差がかなりあったこと。
そして貴族政権側の武力と東国武士団の武力の「質の差」も既にその200年前に決着しててその差がうまらなかったこと。
このあたりの物理的なものがあるので、だれが指揮を執っても真正面からぶつかれば挽回不可能なくらいの差があったんだけど、付き従う武将の名前と知名度とかだけで見ると、なんとなく互角っぽい印象にはなるかも。
尊氏側には高兄弟と直義、後醍醐帝側だと、顕家、大楠公、新田義貞。
ま、ほかにもいるけど、有名どころだとこのあたり?
顔ぶれだけで判断すると、なんとなく南朝にも勝機があるような気がせんでもないかな。
でもなぁ、尊氏は武将だけど後醍醐帝は実戦指揮を執る武将じゃないでしょ。
対立図式として、帝vs尊氏、というのがあったとしても。
そういったことも含めて、面白い着眼点ですな、後醍醐天皇は軍人として無能やんけ、という観点は。
あと南朝側でいうなら、新田義貞こそが無能だったと思うぞ、一応鎌倉を攻め滅ぼした功労者ではあるけど。