火星の月の下で

日記がわり。

プロパガンダ邦画を実写邦画の代表のように言わないでほしい

「映画プロデューサー「鬼滅エヴァは映画文化を滅ぼす敵、アニメのせいでまともな実写映画が排除された」」
(tp://www.anige-sokuhouvip.com/blog-entry-45047.html)

元記事。
「政権に斬り込む『パンケーキを毒見する』河村光庸Pインタビュー「『鬼滅』や『エヴァ』は映画館を救わなかった」
(ps://www.banger.jp/movie/61751/)

元記事の内容があまりに偏向してたので、不本意ながらまとめの方もあげておく。
アニメ映画と実写邦画とのかかわりは、元記事では後半に載ってます。

アニメ映画がヒットすると、毎回と言っていいくらいこの手の批判が出てくるが、さすがにほぼ市民権を取っているせいか、作品そのものへの中傷はかなりナリをひそめた印象。
とはいえ、自画自賛の自作映画について語ったあとでこれが来るので、読んでてかなり気分悪い。
この批判者が作った映画が、もうプロパガンダ丸出しの実写で、こんなのが上映されて映画文化の一翼みたいな顔をされるんだったら、滅んでもいい、と思う人もかなりいるんじゃなかろうか。
確かに文化多様性は、特に映画、演劇では大切だけど、ここまで偏向してしまうと、もはや文化の範疇にすら入らず、単なるオ〇ニーである。
そういう自慰映画を作って悦に入っているエセ文化人が上から目線でこんなことを言ってるのを読むと、アニメ映画がヒットしたからでなく、おまえみたいなつまんねー映画を作って自画自賛している連中こそが、実写邦画を滅ぼしたんじゃねーの? という気が。

政治意識の低い学生に「投票にいかなくては」と言わせて喜んでいる下りとか、それまんまプロパガンダ映画やん、と思ってしまうのだけど・・・たぶん自覚はまったくないんだろうなぁ。
それどころか「ヒットしているアニメ映画こそプロパガンダだ」とか、左翼お得意の鸚鵡返しを叫ぶのかもしれんけど。

実写映画もけっこう見る方だけど(マニアや批評家に比べると少ないだろうが)日本の実写は、ほんとに退屈なのが多い。
メインに見るのはもっぱら欧州映画ばっかりで、米国映画は今世紀に入ってからはそんなに見ていないけど、それでも退屈の極みのような実写邦画に比べると、行く前のウキウキ度が全然違う。
映画興行も米国映画だけを洋画みたいにして扱うのではなく、もっと独仏露伊北欧の傑作を全国上映してほしいんだけど、これはさすがに興行的に無理かな。
でもだからと言って、それがアニメ映画がスクーンの枠を占めてしまったから、なんて妄言は吐かないよ。