火星の月の下で

日記がわり。

「ローマ帝国の滅亡」を読んで

塩野七生著『ローマ人の物語』最終巻「ローマ帝国の滅亡」を読了。
ちなみにハードカバーの方ではなく、新潮文庫本の方(41〜43に相当)なので。
ギボンやモムゼンを読み慣れていた者にとってはかなり物足りない内容だったのだが、よくよく考えてみると、史書としての側面を期待しすぎていたからだろうと思う。
書名は『ローマ人の物語』であり、『ローマ史』あるいは『ローマ人の歴史』ではないのだから当然だ。たぶんにこちらの思い込みがあったのだろう。
ただそれをさっぴいても、少し感想として残しておきたい点がいくつかあったので、その点についてのみ、少し。
5世紀の歴史について、いささか興味があったものの、それはどちらかというと、地中海世界の方ではなくラインの東、ドナウの北、ゲルマンの森の方向だった。
それゆえ、そういった視点で歴史叙述を眺めていたので、イタリアの外の世界の記述となると、かなり弱い。
弱い、というよりも、意図的に記述しなかった、という感じさえある。
たとえばガイセリック*1
このヴァンダル族一代の英雄王については、既に相当多くの研究があり、本書執筆時点以前においても簡単に参照できるものが相当数あった。
邦語文献でも、あの読みやすい松谷氏の『ヴァンダル興亡史』を筆頭にかなりの文献が利用できる。
たとえばアッティラ大王。
アジア系異民族フンの大王として、5世紀のヨーロッパを恐怖の底にたたき込んだこの騎馬民族の王については、もう19世紀頃からかなり科学的な研究が残されている。
しかし両者の記述はきわめてシンプル、かつ軽蔑的で、いかにイタリア半島側からの視点で書かれているにせよ、ちょっとどうか、と思える箇所が少なくない。
特にフン族の社会単位については、近年の研究で、ローマ側に思われていたほど野蛮なものではなかったかもしれない、という疑義もいくつか出てきている。
まぁ、このあたりは別に良い。こちらもかなりの資料を読んできたし、この点については、それほど教わることはないだろう、と最初から思ってていたからだ。
ではどのあたりに期待していたか、というと、スティリコとオドアケル、それにプロコピオスである。
ところがこの3人についても、すこぶる記述は薄い。
5世紀の西の帝国滅亡を風のようにかけぬけただけのように感じる。
なるほど、スティリコについては、異民族(ヴァンダル族だったらしい)出身でありながら、最後のローマ人として記述され、他の異民族出身者に比べて好意的ではあったものの、いかにも普通の描写。
オドアケルにいたっては、出自もなく、突然でてきたような印象さえある。
オドアケルの研究については、ここ半世紀くらいでかなり進んでいて、東ゲルマンではなく、西ゲルマンの出自ではなかったか?・・・という研究さえある。
ローマ来訪前、フンの宮廷にいたことは比較的昔から知られていたが、それ以外にも、ザクセン人やフランク人とも交流があったようだ。
西帝国にとどめをさしたこの人物は、帝国の崩壊を語る上でそうとう重要なはずで、たしかに実質的な西帝国はそれ以前、ヴァレンティニアヌス三世の崩御により20年前に崩壊していた、と見てもいいし、本書にもそれらしい記述はあるが、形式において終焉を演出したこのオドアケルという人物の重要性が損なわれるものではない。
最初に書いたように、これは本書を史書として読んでしまったがゆえの不満なので、おそらく作者には責任はなく、その点で本書の価値を低く見るのは愚かなことであろう。
これは「ローマ人」の物語であり、イタリア半島側からの視点である。
それゆえ、読み手であるワタクシの勘違い、というのは重々承知しているのだが、それでも歴史の部分をちゃんと書いてほしかったな、というのが、読後の感想である。

*1:本書では「ゲンセリック」と記載されている。