火星の月の下で

日記がわり。

ぼや鬼

台風が来て1日中、ビデオ整理だったので、ネタがなんにもない。よって、人様の記事につっこみだけ入れて、お茶を濁しておこう。
念のため書いときますが、ひとりごとです。批判とかではないので念のため。
まずこれ。ニコ動の出現とアニメ感想サイトの終焉
なかなかいい線いってると思う。うちも、FCでアニメブログをやってるけど、いろいろついてる機能とかカテゴライズとかを見てると、「感想発表の場」としての感想系は、不要になるだろうなぁ、っていう気はかなりするし、あたってるように思う。
ただし、条件があって、それは不特定多数に自分の考えを発表することを目的としている、っていう前提であって、スタンドアロンチックな日記のテーマのひとつとしてアニメを選んでる場合はあてはまらんだろうなぁ、っていう気が少し。
私の場合、前の世紀から媒体をいろいろと替えて、日記代わりに感想を書き続けてはいるけど、別に発表っていう意識はほとんどなかったし、むしろ長くやってると、そのときの自分の感想を忘れてしまう、それ故の記録、といった側面でチラチラ書いてはいるので、別に他人の意見を変えてやろうとか、新しい見方を提示しよう、なんてことは微塵も考えてないし、そんな風にとれらるとかえって迷惑だったりする。
私の場合は別の理由で、公開にしてPingも打ってるので、不特定多数に見られている自覚は多少もってはいるけど、宣伝とかPingとかまったく打たずに、非公開にこそしてないけど、ほとんど孤立状態でやってる知り合いはけっこう多い。たいてい「リンク不可」っていってるしね。
そういうところの気持ちって、実はよくわかるんだよなぁ。日々の感想なんだから、他人に見てもらうものでもなければ、見てもたぶん面白くないよ、ってのはけっこう伝わってくる。こういう人はけっこういたりするんだけどね、なかなかリンクの網にはかってこないと思うけど。
よく聞くのが「だったら非公開にしてやってろ」っていう意見だけど、これって、非公開にしたときの技術的デメリットをまったく考えてないんだよな、たぶん。
まぁ、そんなわけで「意見発表」を前提にしてると、ちょっと落ち込みやすい陥穽でもあるかな、とか少し思ってしまったわけ。
知り合いに、知らんヤツに読まれるのは嫌なんで、テキストはギリシア語、画像はpic2にして、自分のブラウザに手を入れてP2を見られるようにして公開しているツワモノがいます。
これはこれで尊敬するけど、ちょっとそこまではできんなぁ、と思ってしまう昨今。あ…たしかに昔、95年頃、ドイツ語とpic2で日記やってたことあるけど。(笑)
もうひとつ、最近ニュースサイトでとりあげられてた、たけくまさんとこの記事。
勝ち組と負け組
なんかずいぶん前に読んだような気がしてたけど、別の人の記事だったかな? ともかく、勝ち組、負け組の語源は現在使われてるのとは違うんだよ、っていう内容。
コメント欄で書いてる人がいるけど、これって別物のコトバじゃなかったっけ?・・・たまたま字面が一緒だった、ってことだけで。
この太平洋戦争の「勝ち組」「負け組」ってコトバ自体はとっても有名なことで知ってたけど、今の「勝ち組」「負け組」と全然違うもんだろう、って思ってた。
言ってみれば、町の不良やちょっと浮かれた連中をさす「ヤンキー」と、英語の「yankee」がまったく別物なのに、一時同じ語源であるかのよう勘違いされたのと似ているような気がする。
今使われてる「勝ち組」ってコトバを聞いたとき、最初に連想したのが、昭和50年代、将棋界で使われていた「神戸組」*1っていうコトバで、たぶん将棋とはなんの関係もなかったと思うけれど、時代感覚としてなんとなく共通したものを感じていたのだ、つまりそういう感覚ででてきたコトバ。
あくまで感覚的なもので、実はちゃんと仕掛けた人がいて、太平洋戦争御の南米の故事にちなんでちょっとひねってつけたんですよ、なんていう証言がでてきたら、知らなかったところでのことなんで、「ああそうだったんですか」ってことになってしまうかもしないけどね。(^_^;

*1:神戸出身の天才少年・谷川浩司が20歳の若さで名人をとったとき、同じく神戸在住の内藤國男が王位を、森安秀光が棋聖を奪取、さらに淡路がこの前後A級にあがってA級棋士が4人になったこと等から将棋界で言われていたコトバである。中でも華麗な棋風でファンの人気も高かった最年長の内藤は「神戸組のドン」などとも言われていた。