火星の月の下で

日記がわり。

△海外に対しての腰のすえ方かなぁ・・・

日本の「萌え絵」をカワイイと思う欧米人は2.8%
ソースがどこにあるのかはっきりしないのでアレだし、調査方法については云々かんぬんと書かれているので、どの程度鵜呑みにしていいかアレだけど、調べようによってはそうなるかなぁ、という気がしなくもない。
萌え絵って高度に民族的だと思ってたんだよね。
それが、日本のポップカルチャーが海外で受けてるとかなんとかそういう話がでてきて、ワタクシも滞欧時に、某10月祭りなんかで、日本アニメのコスプレなんかを見ていたこともあったりして、詳細はわかんないけど、ひょっとしたら受けてる層もあるのかなぁ、という気はしていた。
ただ、現在の、というのはつまり80年代以降、という意味だけど、その現在の「萌え絵」に近いものをほとんど海外で見なかったので、あれってて民族芸能じゃないのかなぁ、という気も少しあって、どうにも情報に対して信用がなかったのだ。肯定否定どっちともね。
まだ70年代までは、日本の萌え絵*1の萌芽に関しては、まだある程度、諸外国に類似のものがあるかも知れない、という感覚はあったのだ。あまり良い例ではないかとは思うけど、仏のペイネのタッチとかね。
しかし80年代以降、この「可愛い」と感じる、後に「萌え絵」につながっていくスタイルの独自の変化は、かなり日本民族的だなぁ、という意識があったので、こういったものが、諸外国で感性として受け入れられる、というのがピンとこなかったし、かといって独自のものであるがゆえに評価されているのかも、という意識もあったりで、正直なところ、どっちがどっちがわからなかったのだ。
そんなわけで、この2.8%、という数字も、十分あるだろうけど、そうでもないかも、という相反する感覚になってくる。
あと、日本のポップカルチャーについて、あんまり海外を見据えてほしくはないな、というのが感覚として少し・・・。
まず、日本の子供たち、青少年に受け入れられないものが、海外にいってどうすんの、とか、あるいは外から持ってきたものを強引にグローバルスタンダードの名前で日本式にあてはめてほしくないとか、そういったことなんかがチラチラ脳裏をよぎるので、マンガ・アニメの世界では、ゲームみたいに国際化、グローバルスタンダード、とかっていう方向にはいってほしくないなぁ、というのがワタクシの願望である。
幼年期の思い出だけど『鉄腕アトム』第1回が放送された1963年、なんか暖かいものがカラダの中に入ってくるような感じがしたのだ。
私よりもう少し上の世代、戦中派〜団塊くらいまでの、初期手塚ファンなどは「アトムのニセモノが始まった」みたいな、割とさめた見方をしていた、なんていう証言がいくつか残ってるけど、アトム以前、映画館では雑誌のマンガがそのまま出てきたようなものが見れるのに、テレビでは『ヘッケルとジャッケル』みたいな米国式のドタバタアニメしか見てなかったので*2、『アトム』の登場は、当時としては、幼年世代としては「ようやくマンガをテレビでしてくれるようになった」みたいな感じがあったので、変な国際標準は入れてほしくないなぁ、という感じが、少し残っていたりする。

*1:もちろん、この時代にはまだ「萌え」なんて言葉もなかったけど、後にそこにつながっていくスタイル、という意味ね。

*2:ギャグ以外の、ストーリィものがないわけではなかったが、それでも『アトム』とはかなり感性が違っていて、別物感はけっこうあったのだ。