火星の月の下で

日記がわり。

各国文学案内

ついったで書いてたんだけど、追加記録しておきたいので、こちらにも転記。

岩波文庫別冊版各国文学案内は、1960年代の旧版から、世紀の変わり目頃に相次いで書き足し、改訂版が出た。
だが旧版が出た頃に比べて、今ではもっと精緻な文学史が手軽に利用できることもあって新版は買いそろえていない。
そのうちの一つ、『ロシヤ文学案内』金子幸彦版。
表紙にプーシキンの自画像が載っているアレである。1961年10月30日初版。
当然、時代の影響は色濃く影を落としているわけだが、先日なにげなく手に取ってみてパラパラ拾い読みをしてみると、19世紀末象徴主義の項目にこんなのがあった。
>ベールイやソログープの小説は彼らの詩の延長であり、文体は過度に技巧的で構成は不完全である。(中略)
>第1次革命後の反動期には、象徴派の神秘や象徴は急速に卑俗なものとなり、その一部はソログープの作品に見られるような、エロチシズムやデモニズムとまざりあった病的な美の耽溺に移っていった。
「病的な美の耽溺」・・・は取りようによっては評価しているようにとれなくもないが、その後、民主主義への反動、少なからぬ矛盾と混乱をはらみ永続的な性格を持ち得ない、と決めうちし、さらにブルジョア的退廃と反動とまで言い切ってることから、おそらく「反動」の烙印を押した、と字義通り読むのが正しいのだろう。
近年、ロシア幻想文学の重要な作家として、ますます認知度の上がっていたソログープをここまで「社会主義文学観」のもとに切り捨てている、というのは、時代を感じてしまうところ。
とはいえ、ロシア幻想文学がソヴィエト解体のときまでまったく退けられていたかというと、そうでもなく、1969年初版の創元文庫版『怪奇小説傑作集5』独露編において、ロシア編担当の解説、原卓也氏によって、ソログープの名はあげられている。
つうことで、独、仏の新版文学案内の方にはさほど興味はなかったけど、ロシヤ文学案内についてはどの程度加筆、改訂がされているのか、興味あるところだな。書店で見かけたら購入してみよう。

自分の書いた文章を引用枠でくくるのもちょっとアレだが、ついったに書いたことなんで、一応。
それで少し思ったのだが、岩波文庫の別冊、各国文学案内、仏、独、露、古典(ギリシア・ローマ)の4冊しか出ていないのだろうか。
英国文学史支那文学史がでていない、というのはすこぶる不思議な感じなんだが、英、米、支那に関しては、他でも入手が容易であろう、ということだったのかもしれない。
今現在、各国文学案内がもし編まれる、もしくは編む必要があるとしたら、上記の国々以外でどこが候補にあがるだろうか。そんなことを少し妄想してみた。あくまで、岩波文庫として出す場合、である。
・スペイン文学案内。
旧版の仏・独・露・古典、の4別冊が出されたときの日本の文学状況、1960年代前後の文学研究を考えると、この4冊になるだろうが、現在の文学状況を考えると、仏・独・露、そして入手が容易だった英・米に加えて、まず名前が挙がるのがスペインではないかと思う。
仏・独に先行し、英国エリザベス朝時代とほぼ同時期に迎えた黄金時代、そして19世紀のロマン主義と、20世紀のシュールレアリズム、などは十分に「文学的価値」「歴史的分量」を持ち得ると思う。
なにより、ローペ・デ・ヴェガやカルデロン、あるいはベッケルなどの詩人を文学史の中でどう位置づけるか、それを文庫サイズの中で表現するのはけっこう意義があると思う。
・イタリア文学案内。
スペインについで重要だと思われるのがイタリア。
現代文学に関しては、スペイン以上の重要性があるかもしれない。
イタリア文学案内を編むとすると、その最初の黄金時代は、英、西よりもさらに古く、ルネッサンス、他のアルプス以北の国々がまだ中世の夢の中にいたときに、すでに近代の息吹を発し、20世紀においてはウンベルト・エーコ、イタロ・カルヴィーニにまで続くその長い文学伝統は欧州随一であり、他の追随をまったく許さないほどだと思う。
ラテンアメリカ文学案内。
ポルトガル語圏であるブラジルや、北米になるメキシコまで含めるかどうか、地域の問題が少しやっかいかもしれないが、20世紀以降の文学の豊潤さは、おそらく世界最強ではないだろうか。
欠点は、上記の国々ほど、近代文学としての豊かな歴史がないことだが、20世紀以後の百花繚乱ぶりを思うと、そろそろそういう動きがあってもいいのではないか、と思う。
単行本扱いでなら既に数種でているが、やはり文庫サイズで俯瞰したものが望まれる。
・インド文学案内。
その豊かさ、分量については、誰も異存はないと思うが、まだ文庫サイズで出すほどの需要はないかもしれない。
古代を含めると1冊では収まらなくなってしまうので、近代限定、ということにしても、そこそこの量はカバーできるはずだ。
近代インド文学の外観、俯瞰ができる文庫サイズの書、というのは、けっこう必要なのではないか、と思うのだが。
いつまでも近代はタゴールしか有名ではない、という状況は良くないと思う。
とまあこんな感じかな。
個人的には、スウェーデンフィンランドもほしいところだけど、近代インド以上に需要がうすそうであるのが、難点か。(^_^;