火星の月の下で

日記がわり。

◎岩波文庫の『育児の百科』

ある程度読書経験が増すと、そのものズバリのギラギラした春本などより、学術書とか教育書なんかに載っている科学的記載の方が興奮させられることを経験するようになるが、この岩波文庫松田道雄の名著『定本 育児の百科』もその一つと言っていいだろう。
誤解なきよう最初に記載しておくが、これはすこぶる真面目、かつ有効(という評価の高い)な育児本であり、やましい目で見る連中がいればそれはその連中がやましいのであって、この本に何の罪もない。
単に学術的、指導的というばかりではなく、現場で見聞きした多くの若き母親たち、初産でいろいろな悩みを抱えた女性の生の声を拾い、子どもを産み、育てることの難しさ、苦労に対して、細かなところにまで配慮されたまごうことなき名著である。
もちろん医学の分野は日進月歩なので、ここに書かれてあることの中には既に相当古びたことになっている場所も多いらしく、何よりも著者がそのことをしっかりと意識し、最後までこの本のアップデートに余念がなかったとも聞く。
ことほどさように優れた書籍なのだが、ダメニンゲンが読むと、すこぶるダメな方向で効能が生まれてしまうのである。
妊娠、出産に始まり、もっとも苦労のかかる新生児の時代から、ある程度育ってきたところまでの育児方針、技術、注意点、などが細かなところから大局的な所まで、丁寧に記載されている。
こういう良書がそういう目でとらえられてしまうのは、そこに事実と経験の重みがあるからではないか、と思う。
知らないことであれば、最初のうちは妄想と願望だけで組み立てられていてもそれほど気にもならないのだが、ある程度数を読みこんでいくと、そこに事実としての反映、重みを求めてくるものだ。
この本も、良書であるがゆえに、その事実と経験の重みが邪な意識を刺戟してしまうのだろう。
今回、これを書くに当たって具体的なことは極力控えよう、とも思ったのは、その記載によってこの書物の多大なる価値が減じてしまうことを恐れるが故なのである。
しかしそれでもここに書かれてことがいろいろと煩悩を刺戟してくれる。
これは性というものの本能でもあるからなのだろうね。