火星の月の下で

日記がわり。

○空手アニメ

空手バカ一代第21話『ジャップを殺せ!』の回を見る。
なんか、力道山物語とかとかぶりますなぁ。
今だとまず不可能なシナリオなんだけど、それほどすごい、とかっていうものでもなかったと思う。秘密指令883の第17話『栄光の甘い香り』(岸田森ゲストの回のやつ)とか、怪奇大作戦の第24話『狂鬼人間』とかに比べると、ちょっと物たりなかったかな。もちろん面白くはあったんだけどね。
見てて思ったのは、この頃から、カラテ=悪役、っていう図式はうすれてきたかなぁ、ってこと。
昔は、格闘技ものドラマと言えばたいてい柔道か相撲が王道で(といっても、相撲ものは映画世代なんで、さすがに原体験はないけど)空手家は悪役にされることが多かった。
東京オリンピックで柔道が正式種目に採用されて、それほどスポーツが得意でない、我々ヲタク第1世代にも、格闘技のルールみたいなものが漠然とわかってきたけど、どうも空手というのは、ルールというか実態が見えない恐さみたいなものが朦朧としてあって、悪役にされやすい精神的な土壌というか背景はあったと思う。
この空手バカ一代も、内容としては少し悪役的なところをかなりひきずってはいるものの、それまでのえたいの知れないブキミさかげんはかなり払拭できるようになってきた。
もっとも、柔道もののように、高潔な正義感あふるるつくり、とはなってないけどね。
昔のイメージをひきずっていた最後の作品は、私の読んだ限りでは『ドカベン』の牙あたりじゃないかな、と思ってる。牙にしても悪役とは言いかねるけど、ポジションはかなりそれに近かった。
今はK1を始め、格闘技中継が娯楽としてすっかり定着しているので、「悪役ぶる」ことはあっても悪役そのもの、っていうことはなくなってきている、とは思う。
少なくとも、実態のわからないブキミさは、かなりうすまっているのではないだろうか。