火星の月の下で

日記がわり。

○新・受験参考書の愉楽

書店をブラブラしてたら、ちくま学芸文庫から小西甚一氏の『古文の読解』が文庫本化して復刊してた。懐かしくて、思わず手にとっちゃったよ。
「小西の古文」というとなんといっても『古文研究法』で、あれは学生時代、けっこう読みふけったものだった。
高校時代は理工系志望にいたこともあって、古文はすこぶる苦手だった。
正確に言うと、嫌いとかではなく、単純に受験ウェイトの低い古文や漢文に時間なんかさけない、という事情から、ついつい後回し。共通一次とかが施行される前の話である。
『古文研究法』も買ったはいいが、まともに取り組もうとすると、けっこうな時間をとられそうになり、ついつい手を抜きがち、結果、どうも生煮えでわからない、ということになっていた。
従って『古文研究法』の面白さに目覚めたのは、大学に入って、自分の専門とは関係なく、語学に興味がわいてきて、ほとんど趣味の柱となりつつあった頃からである。
『古文研究法』は「語学的理解」と「精神的理解」の部に分かれており、本書はその「精神的理解」の部分を語り口を柔らかくしてかみくだいたような印象だった。
一般に、受験参考書に名著というのはうまれにくい。
後述するが、ないこともないけれど、大学受験が傾向を歳月とともに変えていくため、いつまでも同様の内容では対応できない、という側面がある。英語、現代文、数学、社会各科目なんかは特に顕著だろう。
だがその中にあって、古文と漢文だけは、比較的普遍性をもちやすい。
もちろん、大学受験の傾向は年々変わっていくので、通り一編の解説では対応できなくなるのは、他の教科と同じだけど、それでも扱う文献が有限であることを考えれば、小西甚一氏の著作のように1本筋の通ったポリシーで書かれていると、普遍性に近づいてくると思う。
ということで、受験参考書の中で、名著、奇書、といったものから、一般の知識層、学士以上の世代でも読んで面白いんじゃないか、と感じたものをいくつか回顧しておく。
絶版か現役かは調べていないけど、たぶん現行でも入手できるものが多いと思う。
・『古文研究法』小西甚一
ということで、最初は、その名著『古文研究法』
ただし、前半の「語学的理解」は、既に受験を終えていて、かつ国文学専攻ではない人にとってはあんまり意味がなかろうと思う。
後半部の「精神的理解」がすこぶる面白く、知的刺激になるのだが、今回の『古文の読解』が、ここをさらに噛み砕いてくれている印象なので、文庫本化は無用に思うけれど、やはり最初に名前をあげておきたい。
・『漢文研究法』小林信明
『古文研究法』とセットにして購入した洛陽社の姉妹本。
ただし、こっちは理工系受験者にはいっそう関係なかったので、開いたのは大学入学以降。
『古文研究法』があまりに名著なので、隠れてしまった感があるが、これもすこぶるつきの「骨のある」書籍である。難易度はきわめて高い。
この中に展開する漢籍のいろいろが、単に受験漢文の枠を超えて、近代日本知識層の教養であったことを思い起こさせてくれるが、その解釈も、実に動的、ダイナミックである。
『古文研究法』以上に、語学的、漢文的素養を必要とするが、はまればその面白さはひけをとらない。
・『親切な物理』渡辺久夫。上下2分冊。別名「お節介な物理」(笑)
とにかく記述が細かいことで有名で、なんせ冒頭、有効数字についての基礎訓練だけで、相当なページ数がさかれている。
ことほどさように、微にいり細にいり解説が細かく書かれているのだが、だいたい物理や数学の学習者というのは、簡潔かつ短い解説を好むので、受験生時代はすこぶる評判が悪かった。
しかしこれもまた、年降りすぎてみると、物理学習として心安らかにしてくれる効果がある。
受験参考書籍としても有用だと思うのだが、これを高校時代のうちに最後までやりとおした高校生というのは、案外少ないんじゃないだろうか、とも思う。これも『古文研究法』同様、大学入学後に鑑賞する方が楽しめる気がする。
・『思考訓練の場としての英文解釈』多田正行。2分冊。
おそらく全受験参考書中、最大にして至高の奇書。
上で、英語や現代文では普遍的な名著が生まれにくいと書いたけど、これは世紀を超えて読みつがれるべき魔書、奇書といっていいだろう。
題材の難解さ、解釈の深さもさることながら、そこにちりばめられた思想性、真理の深奥へと到達せんとする屈折した情熱、は、一読感嘆を覚え、二読、三読を重ねるに従って陶酔の境に分け入ること必定である。
解釈への理解を巡って、共産主義的革命妄想が語られ、学習者の浅薄な理解を差別用語をむきだしにして罵倒、嘲笑し、真の理解に至る道の険しさをさながら修行僧のごとく見せてくれるその姿勢は、文面からギラギラとしたオーラを放っているかのごとくである。
現代の大学受験において、おそらく最難関のところであっても、これほどの深さを要求されるものはないと思う。
その意味では受験参考書の域を超えてしまっているのだが、そんな枠を設けることそれ自体がむなしくなる、至高の奇書である。
知の訓練に興味ある人は必読だと思う。
・『数学読本』松坂和夫。岩波書店で6分冊。
これはまったく受験参考書ではないが、五十代になり、数学で頭をリフレッシュしたいときには役に立つ書籍で、高校数学というより、中学から高校へと連なる数学体系を十代前半の学生でも理解しやすく噛み砕いてくれる、優しい本。(易しい、ではない)
ここにあげた書籍の中では一番平易でとっつきやすいと思うが、数学の楽しさが充満してて、けっこう好きな書籍である。
『古文の読解』の次はぜひこれを文庫本化してほしいんだけど、分量がけっこうあるので、やはり無理かな。