火星の月の下で

日記がわり。

○会社人間の衰退

「「休めないなら辞めます」イマドキ20代が余暇を優先する理由」
(ps://dot.asahi.com/wa/2017060200048.html)

日曜日に電話して電話に出た企業にも、同様のチェックをつけた。
明日は友達と飲みに行った後、深夜に志望企業の電気が消えているかどうか直接見に行くつもり。
こうして、入社後に残業を強いられないか、週末は本当に休めるのか、企業の実態を確かめているのだ。

空前の売り手市場で、就活生達が自主防衛でブラック企業をはじいている、というお話。
それから発展して、今の大学新卒は給料の上昇よりもサビ残がないか、有給が消化できるか、といったことの方を重要視する流れ。
でもこれ当然なんだよな。
30年以上前、こういうことを言ってたら白い目で見られたもんだけど、ようやく社会がまともになってきた、という感じか。
結局のところ、自分個人ではこういった風潮に出来なかった悲しさ、非力感はあるが、ようやくまともになりつつある、といった感じ。
自分にその恩恵が回ってこなかった、という悲しみはあるが、それでもこれはいい傾向なのだ。
一方でこういう意見もある。

「昔も今も、基幹社員として一人前になるには、首までどっぷり仕事につかる期間が必要なはず。
今でいう“サービス残業”も、昔は自主的な“学びの時間”で、それが会社にも認められていた。
でも今は、会社にいる時間は勤務時間として申告し、終わったらとっとと帰れ、だらだら仕事をするなということになっている。
全てがコスト管理の感覚で、非生産的な時間が認められづらい。若手が勉強しようと思ってもしづらい時代だなと思います」(金融・53歳)

確かにそういう状況、そういう職場もあるかも知れない。
しかしそれが本当に必要なのがはたしてどれくらいあるのか。
正直ほとんど誤差レベルのごく少数だと思うぞ。
53歳、というのを一応信じるとして(なんせ親会社が捏造と偏向のアカヒなので)、日本が金融でどんどん衰退していった、その渦中にいながらアクティヴに動けなかった、改革できなかった層・・・ワタシより半世代ほど下の層みたいだから、自分が万能のつもりで何も見えてなかったんだろうな。
そういやつげったにこんなのがあった。
「平日の昼間によく誘ってくるイタリア人「労働は喫煙みたいな悪い習慣なんだよ。止めるべきだ」」(togetter:1117478)
いいこと言うじゃん、イタリア人。
労働は食うためだけの必要悪。
先進国の人間なら、早くそういう意識になってほしいものだ。