火星の月の下で

日記がわり。

○ただしイケメンに限る・女版

残念系ヒロイン花盛り カワイイのに変…ライトノベル

容姿端麗なのに、何とも「残念」な欠点を抱えたヒロインたちを描いた、平坂読ライトノベル僕は友達が少ない」が話題だ。
美少女が、あこがれるだけの対象でない同作からは、若者にとってのヒロイン像の変化がみてとれそうだ。

典型的な「男視点」だよな。(笑)
わたしゃフェミでもなければ、男女同報酬論者でもないけど、どんなに欠点をあげつらって表現枠を広げてみても、「美少女だけど」「かわいいけれど」というのが入ってる段階で、「ただしイケメンに限る」と同根なことに気づくべきでしょ。

かわいくて成績優秀、非の打ちどころがなさそう。
でも、とんでもない毒舌家やナルシスト、ボーイズラブ好きの腐女子など、性格や趣味にはやや難ありで、友達はいない。
僕は友達が少ない」は、変わり者の女子高生でにぎやかだ。こうした人気ヒロインがライトノベルで目立っている。

「かわいい」「美少女」という、見かけのメリット、キータームが入っている段階で、欠点でもなんでもない。
もちろん、そういう要素を入れておかないと、商品として成立しない、という事情はよくわかるし、私だって美少女が出ている方が好ましい。
しかし、だからといって、美少女だけれどどこか欠点がある、というのを、完璧さから一歩ひいた表現、ととらえなおしているのはいかがなものか。(ハシリュウ風に)
少女マンガとか少女小説の類では、主流とまではなっていないけど「ルックスに欠陥がある」というヒロインはけっこういいるし、昭和の終わり頃は少年モノでも「ルックスに欠陥のある主人公(♂)」というのはけっこういた。
ところが異性となると、「美形である」という一線は絶対に崩れない。
これを堅持している限り、ヒロイン表現が広がった、とはとても思えないんだけどね。もちろん念のために書いておくが、作画技術が低くて、文章表現に欠陥があって「ルックスが低いように見える」というのは、ここでは論外。
大衆商品なので、そこまで改革して欲しい、と思っているわけでは決してない。
ブサイクだけどピュア、なんてのは、男女関係なく(娯楽作品)としては読みたくない。
しかし、この一線を堅持する限り、娯楽作品以外にはなれないのだから、「○○は人生」「○○は文学」「○○は芸術」みたいな寝言は言わないことだな。