火星の月の下で

日記がわり。

◎魔女の九九

ゲーテの『ファウスト』という時、文芸学的に言えば4つ、『Urfaust(原ファウスト)』『Fragment(断片)』『悲劇第一部』『悲劇第二部』・・・を指すことか多い。
一般によく知られているのが『悲劇第一部』だが、ファウストが世界文学となったのは『悲劇第二部』の誕生である。
ただ今はそういう文芸学的見地に立ち入ることなく、『まどか☆マギカ』で出てきた「魔女の九九」について、けっこう誤訳というか、行違いが出回っているようなので、その修正をしておきたい。
まず原文。
Du mußt versteh’n! ・・・(1)
Aus Eins mach Zehn,・・・(2)
Und Zwei laß geh’n,・・・(3)
Und Drei mach gleich,・・・(4)
So bist Du reich.・・・(5)
Verlier die Vier! ・・・(6)
Aus Fünf und Sechs,・・・(7)
So sagt die Hex,・・・(8)
Mach Sieben und Acht,・・・(9)
So ist's vollbracht:
Und Neun ist Eins,・・・(11)
Und Zehn ist keins.・・・(12)
Das ist das Hexen-Einmaleins!・・・(13)
数字は、あとで訳文との対比用。
一般に「魔女の厨」と題された場面で、魔女により語られるもので、原文では2540行から2552行にかけての文である。
この誤訳が広まっているのは、ここ震源地ではないか、と思われるのだが、引用が間違っている、とも言えるかな。そもそも引用先は訳文じゃないしね。
ということで、一応、高橋義孝氏の訳業から該当箇所を抜いて見る。
(1) 会得すべし 
(2) 一を十とせよ
(3) 二を去らしむべし
(4) ただちに三をつくれ
(5) しからば汝、富むべし
(6) 四は手放せ
(7) 五と六とより
(9) 七と八とを作れ
(8) これ魔女の勧めなり
(10) それにて成就疑いなし
(11) 九は一にして
(12) 十は無
(13) これぞ魔女の九九。
魔女が朗読するこの呪文のような文句を聞いてファウストは、
「熱に浮かされてしゃべっているようだな」
と言い、その後でメフィストーフェレス(邦語では「メフィストフェレス」とされることが多いが、原語発音通りなら、「トー」と伸ばすべき)三位一体(Dreieinigkeit)についても語られるが、塚越信行氏の解釈研究によれば、魔女の九九も三位一体説も特に意味があるものではないことを、ゲーテ自身が述べているのである。強いて挙げれば、格式張った教会へのイロニー、ということになるらしい。(この辺、ワタクシ自身はやや異論のあるところではあるが、一応紹介という形にしておく)
この2337行から始まる「魔女の厨」の場面は、魔女の手下の尾長猿、占いの篩、王冠のひび、魔法の鏡、ヴァルプルギスの夜*1、などのモティーフが語られるので、ここだけでも拾い読みしてみても面白いかもしれない。
ただどの訳文でも、容器や品物、器物、動物などは、割と当たり前の言葉で訳してあるので、魔術文学に感心のある人ならば、できれば原文であたってほしい。ZauberkunstとMagieの違いなど、原文であたらないとちょっと感得しがたいと思うので。
まぁ、少し横道にそれだけど、『ファウスト悲劇第一部』からのモティーフはけっこう多いみたいなので、後日ヒマがあれば、もう少しいくつか追記してみたい。

*1:ティーフであり、場面としての「ヴァルプルギスの夜」は、悲劇第一部では3835行から4222行まで。