火星の月の下で

日記がわり。

○もう恋物語はいらない

最近気付いたことが一つ。
フィクションの中なら許容できると思ってた恋物語があまり許容できなくなってきた。
アニメとか漫画とか、フィクションであることを宿命つけられているようなものまで、好いた惚れたの類は拒絶反応が強くなってきている。
たぶん個人的な方向としては歳のせいってこともあるし恋愛描写の技巧が下り坂になってきているてのもあるんだろうけど、全体的に「もういいや」な空気を実体験以外でも感じてしまうきらいが強くなってきてい。
恋愛物が性愛の代替物に堕してしまって久しいが、それでも技巧でもってかなり見られる状態は維持してきたように思ってた。
しかしもういいな、な空気がヒタヒタと迫ってきている。
思うに、次は「代替物さえもういらない」になってくるのじゃないか。
旧世代のドラマ作りは、素材をいろいろ取り替えつつも、基本は性愛原則に則った恋物語だったのだがその基盤が崩れていくような気がする。
ただ個人的には「性愛をベースにした恋物語」がすたれていくのは大いにけっこう、と思っている。
これに関しては独身指向の社会的高まりとともについてくる側面もあるので、深く立ち入ると時間がかかりそうなので、日記らしく観察の域に留めておきたい。
具体的に書くとまた徳島のキチ○イ君みたいなのがわいて出るしね。