火星の月の下で

日記がわり。

戦中映画・マライの虎(1943)

日本映画チャンネルで、1943年(昭和18年)版の『マライの虎』をやってたので視聴する。
所謂ハリマオ伝説のスタートとなった作品で、戦後、テレビドラマシリーズとして、勧善懲悪ヒーローものとして改題され『怪傑ハリマオ』として放映、さらにその後いくつかわかってきた事実を元に、比較的史実に忠実な映画も作られたりしたが、これが一応一番初めの作品。
戦中の戦意高揚映画、ということもあって、今見ると、ハリマオ伝説の検証というより、そっちの思想色の方が面白く感じてしまう。
劇中、24分ほどしてから、主題歌が歌われるのだが、その歌詞。

南の天地またにかけ 率いる部下は三千人 ハリマオ ハリマオ マライのハリマオ
猛獣吼ゆるジャングルの 丘を棲家に高いびき ハリマオ ハリマオ マライのハリマオ
強欲非道のイギリスめ 天にかわってやっつけろ ハリマオ ハリマオ マライのハリマオ
床に俺が倒れたら かばねふみこえ君すすめ ハリマオ ハリマオ マライのハリマオ
命もいらぬ名もいらぬ 俺のまことの大和魂(だま) ハリマオ ハリマオ マライのハリマオ

4行目、「床に」って聞こえるんだけど、ちょっと変なので「勇敢に」なのかもしれない。
冒頭、第1行目と第3行目も主題歌のように歌われるのだが、フルで歌われてるのは、この20分ほどして、ハリマオが義賊となったあたりである。
この歌詞の「強欲非道のイギリスめ」というのもすごいが、前半、幼い妹を殺されて、主人公・谷がハリマオになるまでのプロセスもなかなかすごくて、幼い妹・静子を殺すのが、華僑で共産党員の陳ブンケイなる人物で、まぁ、これが悪逆非道のかたまりである。(笑)
劇中には、マレー人達(もちろん俳優は日本人だが)が歌う、「ジョン・ブル、ブル助やっつけろ」みたいな祭歌も歌われて、なかなかみごとな戦意高揚映画に仕上がっている。
でも、同時期には、メリケンさんは『カサブランカ』作ってたんだよなぁ。(笑)
まぁ、そういう今の時代との違いがテンコ盛りなんで、どうしてもそっちの視点で見てしまうけれど、大作『シンガポール総攻撃』のついでに作ったにしては、ハリマオのモデル谷豊の事跡を比較的しっかりと調査している感じはする。
もちろん戦後、いろいろと新事実とかがわかってきて、そういったものと照らし合わせてみると、矛盾とかいろいろあるけれど、この時点での制作としては思想色を抜くと、それほどのキワモノでもないように思う。
まぁ、思想色がキワモノなんで、結果としてはキワモノっぽくはなってるんだけどね。(^_^;
映画はだいたい3つの部分から出来ていて、マライで理髪店をやっていた谷一家が、支那人の暴動に巻き込まれて、末娘静子が陳に射殺されるまで、そして報復に出た長兄豊が、陳とつながっていた英国官警を殴ってしまい、一家を離れ義賊ハリマオとなって英国人、支那人を襲撃する第2部、そして復讐を達成した豊が、開戦と同時に進行してきた日本の特務機関に協力して、英国軍のダム爆破を阻止し、そこで一命を落とすところまで、だいたいこの3部分にわかれている。
ドラマとしては、実質第2部で終わりで、ラストの日本特務機関との協力はいかにも付け足したような印象である。物語としては、実質、陳を追い詰めて銃撃戦の末、倒すところで終っているからだ。
戦後、さまざまな資料で判明している谷豊の事跡等と比べてみると、福岡県出身の谷一家がマレーで理髪店をやっていて、そこそこ繁盛していたらしいことは事実、そして支那人反日暴動に巻き込まれて谷の妹が殺されたことも事実らしいが、もちろん共産党の大物に射殺されたのではなく、暴動で血祭りにあげられてしまったこととか、まだ赤子だったらしいとことかは、違っている。
一番違っているのが、谷豊という人となりで、映画では、かなり長身の俳優がやっていたし、その方が銀幕映えしたからだろうけど、実際は160cmにも満たない短躯で、それで本土でやった徴兵検査にも落ちていたらしいのだ。
そして、谷一家はかなり早い段階にマレーに来ていたので、谷は日本語がそれほどじょうずではなかったらしいこと、また、親分肌で慕われる性格だったのは確からしいが、意識としては、日本人よりマレー人よりだったらしい、ということで、ハリマオとなって後は、イスラム教に改宗し、割礼もすませていたらしい。
とはいえ、日本人の意識もかなりあったらしいこと、それに徴兵検査で落ちたことがけっこうコンプレックスになっていて、日本の特務機関から戦争協力の要請があったとき、引き受けているのは間違いないようだ。少なくとも、なにか弱みを握られて強制的にやらされていたとかいうのではないらしい。
だが、正規の軍人ではなかったため、情報提供としては貢献したものの、実際には作戦参加としてはそれほど成功していなかったらしいのである。
また、最近では、どうやら現地人の女性との間に子をもうけていたらしい、という話もでてきているようだ。これは死後かなり経っているのでどこまで信用していいかはわからないが。
また、死んだのも、敵と交戦して死んだのではなく、ジャングルでの移動中にマラリヤにやられたことによるものらしい。
とまぁ、史実とはかなりかけはなれてはいるものの、戦後わかったことも多いし、少なくとも『怪傑ハリマオ』よりは史実に近い。・・・あたりまえですが。(^_^;
その他、戦意高揚の部分をいくつか拾ってみると、冒頭、豊が特務機関の「安田」なる人物と浜辺を歩いているときに、「親父は黒田節をよくう歌っていた。あれは日本の心だ」といって日本を賞賛し、「イギリス人は紳士のような顔をしているが、裏では悪逆非道の限りをつくしている」とか言っている。
また、妹静子が殺されたことを地元の警察(署員は英国人、俳優は日本人だが)に直訴に行くと、署長はゴルフの練習中だったにもかかわらず、署員は「会議中デス、夜マデカカリマス」と言っていたりする。
また、豊絶命のシーンでは「今に神の風が吹く」とか言っていたり、葬儀の曲が、海ゆかば、だったりと、いたるところにあるのだが、それでもまじめに作られている印象もあった。
ついでのロケ、ということもあって、最後に特務機関と協力してダムへむかうところで、樹上を行くオランウータンや、水面に顔を出してるワニ(たぶんマレーガビアルではなく、シャムワニ)なんかをとっていたりと、風土色はけっこう出ている。
ということで、今の平和な時代に「戦意高揚のトンデモ映画だ」と言ってしまうのは簡単だけど、映画人の良心もところどころではあるが感じられる作品だったと思う。あ、一瞬だけだったけど、ニュースフィルムみたいな感じで、ナチスドイツの快進撃とか、凱旋するヒトラーとかもチラッと映っておりました。
あの主題歌、カラオケに入れてくれないかなぁ。(笑)