火星の月の下で

日記がわり。

○『スローカーブを、もう一球』の舞台裏から

選抜高校野球の日程が近づいてきて、各紙とも戦力分析やらいろいろな過去のエピソードやらを取り上げているが、その中で主催紙・毎日で興味深い記事があったので、少し取り上げておく。
君よ、ハートは直球で

81年、高崎(群馬)がセンバツに初出場した時のエース、川端俊介さん(48)。
エースのスローカーブを武器に関東大会で準優勝した弱小校の快進撃を、スポーツライターの故・山際淳司さんが描き、センバツ直前に発表したエッセー「スローカーブを、もう一球」の主人公だ。
有名政治家も輩出した県内屈指の進学校
「文武両道」と脚光を浴び、センバツ出場で取材が殺到した。
他校の女子生徒も練習を見に来た。ファンレターは段ボール4箱に達した。

この名エッセイ(ノンフィクション、と言うべきか?)は私も読んだ。
ただ、雑誌掲載時ではなく、その後の単行本になってからではあるが。
このタイトルが書籍のタイトルにもなり、その中にはあの野球ノンフィクション史上に輝く名文『江夏の21球』も入っていた。今ではこちらの方が有名かも知れない。
さて、30年の歳月を経て、当事者だった人物にインタヴューをしているわけだが、

「あの本が出るまで、スローカーブなんて一度も意識したことはなかった。どこかで『見せてやろう』という気持ちがあった」

・・・と回顧しているのが、すこぶる面白い。
山際氏の文章では、このスローカーブを投げて翻弄する、というのが一つの見せ場になっていて、それもかなり意識してやっていたような印象だったからだ。
おそらくどちらも本当なのだろう、たぶんインタヴューで半ば得意げにしゃべってしまったのかも知れない。でもそれはいつもの自分自身でもなかったのかもしれない。
大学進学の話も、確かに山際氏の文章にチラッと出てきて、それがこの主人公の人物の良い味付けになっている。そのあたりは山際氏の文章力、表現のうまさ、センスの良さだろう。
しかしこの当時少年だった主人公の人物は、それで初戦で大敗して「不完全燃焼」だった、という感じになってしまったのかもしれない。
というふうに、あの名文を読んだことのある人ならば、まさにあの名文の舞台裏、と言った感じで、実に面白い取材だと思う。
だが、山際氏の文章の卓越した力、面白さは十分認めるとしても、江夏のようなプロの投手ではなく、この主人公のようなアマチュアの投手にとっては、残酷な結末になってしまったのではないか、という気も少しする。
そのあたりの感覚は、当事者でないとわからないし、外野がとやかく言うのはお節介以外の何者でもないのだけど、念入りな取材が返ってアダとなってしまった側面もあったのかなぁ、と読者としては思ってしまったりもする。