火星の月の下で

日記がわり。

生存確認としてのブログ

今でもたまにブログ論とか書いてるところがあるが、どうもあんまり興味がなかったのでそういうところは覗いてこなかった。
しかし今、音信不通状態の友人がいるので、こういうときにブログがあると安心するのになぁ、なんて思ったので、その点についてだけ少し。
チャットツールとかチャット代用としてのネトゲ、あるいはそれに準ずるネットツールってのは、たまたまその場面に出くわさなかった、ということもあるので、それが音信不通になってもそんなに心配はしないんだが、ブログが予告もなく突然止まると、かなり不安になる。
特に相手が一人暮らしだったりすると。
このはてなも、2007年に骨折で入院したとき以外は基本的に毎日書いている。
時間がまにあわなくて、多少日時をいじったときもあっけだと、基本は毎日何か書く、ということ。
はてなは2005年からだが、その前のレンタル日記は1997年くらいから2007年まで毎日書く、を実行していたし、それを思うとあの骨折のときを除けば、かれこれ17年くらいは毎日何か書いていたわけで、骨折から数えても7年間はずっと欠かさず毎日書いていることになる。
時には時間がなくて天気や健康状態のことしか書けなかったときもあったけど、一応続けている。
最近、こういうのが生存確認になっているかな、という気がかなりしている。
以前、とある政治系のブログが「どうでもいい日記みたいなものは毎日書くな、オレ達の検索の邪魔になる」なんて書いていたことがあったが、ブログには日記としての側面も確かにあって、ネットにある(他人の)ものが全部自分のためにあるのではない、ということがこの人は理解できなかったんだろう。
今では全体のマスが大きくなったので、こんな市井の片隅にいる日記ブログが検索上位でひっかかってしまうことは滅多になくなってしまったが、絶対数が少なくて、検索にもちょっとしたコツというか技術が必要だった頃は、意図せずに検索上位に来てしまう日記系ってのはけっこう嫌われた時代もあった。
しかし、生存確認、というのはその個人の非常に小さなコミュニティ内ではあっても、けっこう重要なことかな、と思いだしている。
そんなわけでこれからも、心身に影響が出るまでは、まったくどうでもいいことでも毎日書いていこうと思っている。