火星の月の下で

日記がわり。

ゲオルク・ハイム『Der Irre』(狂人)

ゲオルク・ハイム『Der Irre』(邦題名:狂人)・・・出所したあと、次々と人を襲い血の海に沈めながらも、次の瞬間その事実を他人事のように感じてしまったり、衝動がそのまま走り出していくところなど、まさに「気のふれた」様子が頻出する作品なのだが、罪なき男女を屠りまくっていながらも、妙に乾いた感覚がちりばめられているのは「彼」の内面を描きつつ、その実決して主観語りになっていない距離感にあるのかもしれない。
加えて、畳みかけるような単文の描写。
術語句や冠飾句が連なる19世紀ドイツ語散文の特質から離れたこの手法はビュヒナーなどにも見受けられるが、効果的に使用したという点でカフカのスタイルを想起してしまう。
中盤で、初対面の若い女を衝動的に追い回し、のどを食い破って殺してしまう場面があるが、そのとき血にまみれながらその血を飲む場面などは、現代の吸血鬼相にも踏み込んでいてなかなかに興味深い。
もちろんその本質はそういった個別の暗黒面よりも、その背後に浮かんでは消えていく、都市の病巣とその感染力があるのだが、情景の特異さにすべてのみこまれていくようだ。
なお、邦訳は「ドイツ短編24」にも載せられている。

ハイムというと、なんといっても初期表現主義の詩人で、その「恋人たちの死」や「すべての風景が青で満たされている」等に色濃く表れるが、散文においてもなかなか強烈な色彩を展開してくれる。
スケート中の事故により、25歳で死去。