火星の月の下で

日記がわり。

倭人王朝説

どうもうちの近所にある公立図書館というのは、漢籍史書ってあたりが全然なくて、大阪や東京にいたときには普通に閲覧できていた史書類が検証できずに困っている。
研究者でもなんでもない市井の、それも数学屋あがりの好事家の域を出てないので、ときどき突発的に読みたくなったり調べたくなったりする程度なんだけど、どうも三国史記とか遺事とかが唐突に読みたくなったのに、そういうのをおいてくれてないから、ちょっと困ったことになるなぁ。
県の本館あたりにいったらあるんだろうか。
歴史の古さでは群を抜く県ではあるが、人口が少ない、したがって予算も少ない赤字の貧乏県ゆえ、市民レベルで利用できるものは少ないのかな・・・。
ともかく、読んで調べなおしてみたくなったのが、新羅史。
これの第4代の王が倭人だ、というのは有名な話で、その割には、新羅倭人王朝だ、という話がまったく聞こえないのだが*1その後の系図とか、王朝譜とかはどうなったのだろうか、と思ったからである。
加えて、記紀における通辞のつき方とか見てると、百済なんか、まんま倭人国家みたいに見えるんだけどなぁ、そこんとこ半島側最古の史書ではどういう記載になっているのか、確認したかったんだが・・・。
ちなみに、位置関係で言うと、新羅日本海側、百済が東支那海側なんで、交易とかを考えると、新羅の方が倭人国家っぽいところではあるけどね。
ちなみにWikiの新羅の記事を見ると、だいたいのことはわかるけど、Wikiは信用度低いからなぁ、どうにかして原典を読んでみたいところだ。

*1:まともな歴史実証機関の存在しない、感情優先国家の半島ならまだしも、本邦においても聞いたことがない、いや、そういう学説を立てている人がいるのかもしれないけど、まだ聞いたことはない。