火星の月の下で

日記がわり。

有吉九段、自力残留

最年長棋士・有吉九段、来期も現役 引退の危機しのぐ朝日新聞
備前出身の有吉九段現役続行へ 最年長73歳 C級最終局勝利 山陽新聞(岡山の地方紙)。
有吉九段、引退の危機逃れる 順位戦残留神戸新聞。(有吉九段は現在宝塚市居住)
10日に順位戦・C級2組があって、既に降級点を2つとっている有吉九段が、引退をかけた大一番で勝利。感動した。
簡単にこの背景を書いておく。
まず棋士の定年制度。フリークラス60歳で定年*1、つまり引退で、60をすぎると、このクラスへ陥落すれば自動的に引退である。
次に、順位戦制度。将棋のプロは4段からで、3段までは奨励会で競い、そこから3段リーグ上位2名が4段になり、最下級のC級2組に配属される。
順位戦は1年間の戦いで、ここでの上位者が上のクラスにいける。
C2→C1が3名、C1→B2が2名、B2→B1が2名。B1→Aが2名、そしてA級で1位となった者が時の名人に挑戦する。名人戦である。
反対に、A→B1へは下位2名、B1→へは下位2名が降級する。B2、C1、C2は降級点制度で、これでB2とC1が2個、C2が3個とると、それぞれ下のクラスへ降級になる。
C2の下のクラスがフリークラスで、ここでは順位戦はささず、その他の棋戦の成績が規定の者に限り、C2に復帰できる。
有吉九段は既に73歳で、C2の降級点を2つ取っていたので、次に降級点を取れば、自動的に引退になる。
そして有吉九段という棋士の背景について。
同じ岡山出身の史上最強名人、大山名人の弟子。1955年にプロ四段となってから、順調に昇級を続け、1965年、30歳でA級に上り、1968年、A級で優勝し、師である大山名人との名人戦を戦う。
今に至るも師弟での名人戦はこれが最初で最後、唯一である。
この名人戦は3-4で惜しくも敗れたが、1972年には初タイトル・棋聖位を獲得。
この間、連続ではないが、1995年までA級にあること21期、しかも最後の年度、1995年は陥落したとはいえ、60歳でのA級だった。
つまり、昭和を代表する大棋士の一人だったのである。
そしてこの最終局直前の状況。
C級2組は、今年は43人の大所帯で、昇級が3名、降級点が下位8名。
最終局前の時点で、既に降級点は4名決まっており、有吉九段は3勝6敗で、下から10番目。下にいるのは9名で、降級点は下位8名につく。
つまり自分が負けて、まだ降級点が決まっていない自分よりも下位の棋士5名のうち、誰か2名が勝つと、引退、という状況。
普通に考えて、自分が勝たないと、ほぼ確実に引退、という局面だったのだ。*2
対戦相手、高崎四段。
九州宮崎の出身だが、東京所属の棋士、22歳。
将来を嘱望される若手強豪の一人で、この最終局前の時点で7勝2敗。順位は第3位。
昇級枠は3名なので、勝てばこの大所帯のC2を自力で脱出できる位置、つまり昇級のかかった大一番で、こちらも絶対に負けられない戦い。
常識的に考えて、たとえ過去の大棋士であっても73歳、しかも相手は新進気鋭の若手で、昇級かかっているので、必死に研究し、考え、いどんでくる22歳、こっちの方に分がある、と考えるだろう。
そういう背景の元で最終局が戦われた。
先手有吉九段の玉頭位取り。
対する後手高崎四段のゴキゲン中飛車
どうやら序盤はほぼ互角だったようである。
ところが、53手目に有吉九段の妙手、2三桂が飛び出し、ここで流れが変わる。
以下少しあぶない場面にもなりかかったが、間違えずに、高崎玉を詰めたようである。
「最後の一局になるかも知れないと思ってさした。将棋が好きなので、また1年させることが嬉しい」といったコメントが紙面を踊っていた。
敗れた高崎四段は昇級を逃してしまい、残念だったが、局後の、有吉九段のぱぁっと光がさしたかのような写真を見ていると、なんかこみあげてくるものがあった。おめでとう、有吉九段。
上の神戸新聞の記事では、

有吉九段は「この将棋はうまく指せた。体力的には限界に近いが、今後も一年一年頑張っていきたい」と話していた。

と語っているようで、確かに来年には引退されているかも知れないが、この大一番を勝って1年寿命を延ばしてくれたことは大きいし、立派なことだと思う。少し感動してしまった。
有吉九段の棋風は、正統派居飛車党で、ガッチリ組んでガンガン攻める「火の玉流」だが、実は非常に筋の良い、並べてて勉強になる棋譜を残してくれることが多いのだ。
ワタクシも若い頃、棋譜をならべて勉強していた頃、有吉九段の棋譜はほんとにお世話になった。わかりやすく、棋理にかなっており、しかも奥行きが深く応用性にも富んでいる、すばらしい棋譜だった。
それだけに、1年でも長く現役でさし続けてくれることができて、感無量である。
加えて今期、結果だけみれば4勝6敗という結果だったが、高崎四段だけでなく、これも若手強豪の一人、佐藤天彦四段にも第4局で勝利しているのだ。有吉九段、ほんとに良かったです。
1年でも長く、我々高齢の将棋ファンのためにもがんばってほしいと思う。なんか生きていく勇気がわいてくるね。

*1:降級する前に、自分からフリークラスに行けば65歳まで伸びる、という特例はある。だがたとえそれにしても、既に73歳の有吉九段ではフリークラス即引退である。

*2:実は有吉九段より下位の棋士は全員敗れたので、有吉九段が仮に負けていてもなんとか助かった状況ではあったが、あくまで結果論で、確率的には勝たないとアウト、の感覚だった。これは有吉九段も十分認識していたようである。