火星の月の下で

日記がわり。

帝政期生まれのプラハっ子が見た「魔術の都」

最近まくらもとに「ドイツの世紀末シリーズ」第2巻『プラハ ヤヌスの相貌』を置いて、寝る前にちびちび再読しなおしているんだけど、昔はそれほど意識しなかったウルツィディールの描くプラハ点綴、カフカを軸としたプラハ文人の描写が面白く感じられるようになってきた。
モルダウ川西岸に展開する旧・王城地域、クラインザイテと、魔術皇帝ルードルフ二世により集められた錬金術師が数多く住んでいたという錬金術師小路。
カレル橋などによりその東岸にひしめく旧市街。
環濠グラーベルを境としてその旧市街南に展開する新市街。
魔術都市を構成するこの3つの区域のうち、とみに有名だったのが、ユダヤの秘儀とゴーレム伝説に彩られた旧市街で、各種ゴーレム小説の愛読者としてはまるで第二の故郷のごとくにおなじみの地域だ。

かのフランツ・ヴェルフェルの親友にして幼馴染・ヴィリー・ハースによって描かれる19世紀後半に生を受けた、ヴェルフェル、リルケ、ブロートら文人たちの新市街に始まり、作家、評論家たちの「プラハ」が次々と描かれていく。
そしてゴーレム伝説の章で、ウルツィディールが再登場し、かつてこの錬金術師小路に住んでいたことのあるカフカを取り上げ、次のように語る。

しかしながら、フラチーンの丘の錬金術師たちの世界と、旧市街円形広場のすぐ裏手から始まるプラハユダヤ人街の、律法師(ラビ)が治めるゴーレム勢力圏とは、ただカール橋によって相互に結ばれているだけでなく、歴史的、内面的にも強く結びついていた。(117頁)

この一文だけでも、第一次大戦前、都市の中にさまざまな魔術、錬金術の香りがたちこめ、都市全体を包み込んでいた空気が想起させられる。
さらにウルツィディールはこのプラハの雰囲気を中心に据えていた存在としてカフカを見、その対象として『ゴーレム』を書いたマイリンクを取り上げ「一切を幻想化するぺてん師的神秘主義」とこきおろすのだ。
プラハに生まれプラハに育った生粋のプラハっ子には、庶子とはいえドイツ名家の血を引いていたウィーン生まれのマイリンクが「ほんの少しプラハの学校に通っただけ」と映っていたようだった。
さらにカフカ自身がマイリンクを嫌っていて「縮んだ針ねずみ」と呼んでいたこと、ヴァルター・フュルトがマイリンクのことを「人造人間」と呼んでいたらしいこと等をあげ、世間じゃマイリンクをプラハ人の代表みたいに思っているヤツが多いが、あんなヤツはプラハっ子じゃねぇ、とキメウチしているのがなんとも面白い。(もちろんこんな下品な表現ではないけど)

あるいはまた、チャペックの『R.U.R』*1を取り上げ、そのルーツに高位のラビ、レーフ師のゴーレムを挙げて、ここにつながっていることや、ゲーテの『ファウスト』第二部で登場する、フラスコの中のホムンクルスについても言及し、これら人造人間の系譜について関連性を語ったりしていて、とても面白かった。
ゴーレム→ホムンクルス→ロボット・・・これらがこの魔術都市にかかわりを持ち影響を与えていたこと。
プラハ(私にとって「プラーク」の方がなじみがあるのだが)の見せる魔術的諸相がいろいろと語られていたのだった。

マイリンクがけっこうやり玉に挙がってるけど、私はカフカと同じくらい好きだけどね。
方向性というか、テイストはかなり違うのだけれども。

*1:直訳すると『ロッサムのユニバーサル・ロボット会社』邦題名ロボット:ロボットの名前を生み出した劇として有名。ただしこの劇中のロボットは、現代のメカメカしいロボットではなく、有機的な疑似生命、あるいは人造人間のような扱いである。